「やばい、まじやばい」
「・・・なにが?まあ、おおかた見当はついてるけど」

一通り挨拶が終わり、遅めの夕食までの間ひとまずニコルに与えられている部屋で休んでいろと言われて、客用シングルベッドが二つ設置された広めの部屋に入るなり、俺は先ほどの衝撃を反芻していた。
ぶつくさつぶやいている俺を、ニコルが不審そうに見た。視線が冷たい。

「見当って・・・」
「あのさあ、タクミさんをやらしい目で見ないでくれない?」
「なっ、やらし・・・って、おま、何言って」

ニコルは図星をかかれて慌てふためき真っ赤になって言葉に詰まる俺を、ニヤア、という表現がぴったりな様子で嗤いながら見る。

「あのさあ、バレバレなんだよ、ギル」
「なにが」

タクミさんやギイチさんが気づいているかどうかはともかく、ニコルは見た目ほどおとなしいわけでも、性格がめちゃくちゃいいわけでもない。
むしろ素は「イイ性格」をしている。
外見からは想像がつかない、いや詐欺と言ってもいいレベルかもしれない。
しかもそれと悟られないための猫かぶりも非常に上手なのだ。
いや、猫かぶりと言うよりは、うまくTPOで使い分けていると言うべきか・・・別に悪巧みとかしてるわけじゃないからいいんだが。

「態度が。この家来てからギルってば、ほぼタクミさんしか見てないよね?ああ、結構だよ、言い訳はいらない」
「おまっ」
「ギル、確実にギイチさんの不興買ってると思うよ」
「え、ギイチさん!?なんで!?」

タクミさんの方じゃなくて!?

「そりゃあ・・・ねえ・・・」

勢い込んで訪ねた俺に、ニコルは意味ありげに視線をどこへやらへやってしまって、応えてくれない。
口元はにやにやと、あのイヤーな微笑みを浮かべているだけだ。

「その学年主席のすばらしくかしこい頭でよく考えたら?」
「嫌みか」
「嫌みじゃないよ、たしかにペーパーテストだけで言ったら、君とんでもない成績だからね」

確かに俺は点数をとることは得意だ。
家が貧しくてもトップレベルの私立学校に入れていることもある、奨学金のおかげで。
だが、人の機微を読むことにかけては実はとんと苦手だ。文学の心情理解は得意なのに、現実世界ではなぜかうまくいかない。
よく鈍い、鈍感、冷たい、無神経、サイボーグ・・・たまに心をどこかに置き忘れたとさえ罵られる・・・主に女性から。
別にどうでもいいけど。

「それよりさあ、俺、タクミさんになんか失礼なことしたのか?だからギイチさんが怒ってるとか?」
「してないんじゃない?別にギイチさんも怒ってはないと思うよ」
「ちょ、教えてくれよ!おまえ、もったいぶるなよ、性格悪いぞ」
「はいはい。大丈夫問題ないよ、たぶん。ただちょっと見つめすぎてただけだよ」
「ああ~やっぱりそこか~」

たしかにニコルの言うことには心当たりがある。
こんなに見つめていたら不躾すぎるだろう、と思いながらもついつい俺は見てしまっていた自覚がある。
だって、しょうがないじゃないか、あの人すげえ綺麗なんだから。
なんというか・・・たぶんオリエンタル特有というか・・・心の深いところまで入り込んでくるような、癖になる美しさなのだ。
だから、ずっと見ていたいと思った。

あの美しさは・・・

「まじ、やばいよ・・・」

どきどきする。
だめだと分かっているのに、目が離せなくて、視線があの人に張り付いていて、あの人の動き全てを見逃したくないような、そんな気持ち。

「そんなに見たいなら、DVDとかで見ればいいじゃないか。コンサートのDVD発売されてるんだし。確か君持ってたよね?」

そもそもタクミさんのファンだったニコルに影響を受けて、俺もCDとか聞くようになって、そのうちDVDとか、YOUTUBEも観るようになって・・・でもさ。

「本物には叶わねえな。だってさ、あの人がカメラじゃなくて、俺を見てるんだぜ、ニコル」
「その気持ちは僕もよく分かるけどさ、君のは・・・」
「やばいな、明日からたったの丸3日間かー。短いなぁ」
「まあ、イイじゃないか、明日、明後日、明明後日は泊まれるんだから」
「おまえはいいよな。あと2週間ぐらい泊まるんだろ」
「いいっていうか。まあ、もちろん楽しいけど、うち親が入院してるの忘れてないよね、ギル?」
「あ、すまん、無神経だったわ」

やっぱり俺は無神経な人間だ。

「重症だねぇ」

あわてて謝ると、勉強机に頬杖を突いたニコルが苦笑した。





「あ、そういえば、ギイチさんとタクミさんって、なんで一緒に住んでるんですか?」
「え?」
「ギル!」

タクミさんの、器用に扱っていたチョップスティックス・・・日本語で「ハシ」と言うらしい・・・が、ぴたりと止まった。
咎めるようなニコルの俺の名を呼ぶ声。

これでこの家での2度目の夕食。
今日はギイチさんが遅いとのことだったので、ニコルも入れて3人で食卓を囲んでいる。
何が食べたい、遠慮なく言えと言われたので、おそるおそる日本食をリクエストしたら、圧力釜を使った肉じゃがが出てきた。
付け合わせはソイスープ・・・タクミさん曰く、ミソシルだ。
どっちもすごく繊細な味付けで驚いた。
特にスープは発酵食品らしく、何ともいえない奥深いうまみがある。
後でリクエストしたことを知ったニコルに、タクミさんに包丁を握らせるなんてと激怒された。やっぱ俺って気が利かねぇな・・・。地味に凹むわぁ。
でもタクミさんの手料理だぜ、こんな幸運もうないだろうから、タクミさんには申し訳ないことをしたと思いつつ、俺の頬はゆるみっぱなしだった。

で、冒頭の質問なのだが・・・

「・・・高校時代からの親友なんだ」
「そんなに前からの付き合いなんですか」

ギイチさんはいわゆる大金持ちだし、タクミさんがバイオリニストとして成功してから、有名人金持ちつながりで知り合ったものだとばかり思っていた。

「仲、いいんですね」
「ギル、失礼だよ」
「いいよ、ニコル」

タクミさんは俺を咎めるニコルににっこり笑ってから続けた。

「まあ、仲はいいと思うよ、一緒に住むぐらいだしね」
「なんか、飽き足り、しないんですか?」
「ギル!」

俺はまたも無神経な質問を繰り出したらしい。
普段は柔らかいニコルの目尻がどんどんつり上がっていくのが分かったが、好奇心が勝ってどうにも止められない。

「飽きる・・・」

タクミさんが目を見開いた。

「飽きるか。・・・僕は考えたこともなかったけど、どうかな、ギイの方はもう飽きちゃってたりして」

タクミさんはいたずらっぽく笑う。
いくら俺でもしょうもない発言をしてしまったことに気がついた。俺って空気読めねえ。

「や、そんなつもりで言ったんじゃなくってですね。えーと、ほら男同士でもずっと同じ奴とつるんでると、ほら存在が空気みたいになっちゃって、なんていうか。飽きるって言うんじゃなくて。新鮮味とかそういうの」

おかしいな。
文学系の成績は悪くないのに、語彙が貧相すぎる。

「えーと言うなれば、そう、倦怠期?みたいな」

あげくに出てきた単語がこれだ。救いようがねえ・・・頭悪いな、俺。
だが、タクミさんは爆笑した。というより吹き出した。

「倦怠期!あははは!なんかもう・・・笑うしかないかな、それ。うーん、僕に関して言えば、そういうのは無いかな。一緒に住んでるって言っても、意外にお互い忙しいから、24時間顔合わせてるわけでもないし。それに僕自身が海外公演が多いからね」
「そうですよね!すみません、変なこと言ってすみません」
「ギル、君ってほんと・・・」
「いいって、いいって。まあ、飽きるぐらい一緒にいられたらいいな、って思うこともあるけどね」

そう言ってほほえんだタクミさんは、なんだか少し寂しそうで、とても綺麗で・・・心臓のどこかがちょっと痛んだ。




その後、その日の観測も終えて就寝したのだが、夜中、喉が乾いてしまってキッチンに向かうと、ドアの向こうから明かりが漏れているのが分かった。
誰かいるのだろうか。
ニコルは隣で寝ていたはずだから、タクミさんかもしれない。

近寄ると、話し声が聞こえた。
ドアの傍に耳を付けて、聞き耳を立てた。

(ん、だめ、だって・・・ギイ・・・)
(もう、限界だ。これ以上我慢できるか)
(でも、二人がいつ起きてくるか)
(起きてこねえよ。成長期なんだ。ぐっすり眠ってんだろ)
(わかんないよ。他人の家で眠れないかも知れないし。あ、ギイそんなとこ・・・やめて)
(やめねぇよ)
(だ・・・ってこんなところで。やだ、せめて・・・お願い、ベッドで)
(無理だ。もう止まらねえよ、観念しろ)
(できないって。お願い、ベッドだったらいいから)
(託生は我慢できるのか?)
(でき、できないよ。でも万が一は絶対やだから・・・あ・・・あ・・・)

最初は、びっくりして、頭が真っ白になって。
それから、今度は頭に血が上って、心臓がどくどくどくどく、今まで聞いたことのないような音を立てた。



うそだ、

タクミさん・・・




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まさかの今年二回目の更新という・・・失態、体たらくでございまして、気が付いたらもうすぐ3月・・・
お話は頭の中に出来上がっていたものの、なかなかアウトプットに苦しみました。

4月から異動が決まりまして、ドキドキしております。ああ・・・馴染めるかなぁ(;´Д`)(;´Д`)
今悩んでても仕方がないのですが。

皆様お元気でいらっしゃいますか?
長らく更新できませんでしたが、すごく気になってました、すみません。
もう春ですが、ご体調を崩されていないことを祈ります。
そして、もうすぐ4月。
新しい展開を迎えられる方もいらっしゃるかと思います。
どうぞ素晴らしいスタートを切られますように。


ラッキーさま、ちーさま、まちさま、かなさま、三平さま、しのさま、たんちゃんさま、”保護者4”へのコメントありがとうございました。
中学生らしさを出したいと思っての続編ですが・・・いかがでしょうか・・・
またたくみくんが色気まき散らしてんのかい、という展開で、すみません。
すこしでも楽しんでいただけますように。