そんな生活が2週間ほど過ぎた頃、朝食の席でニコルがおずおずと切り出した。

「あの、ギイチさん・・・お願いがあるのですが・・・」
「なんだ?」

食後のコーヒーに口をつけようとしたギイが、手を下ろしてニコルを見た。
ニコルはギイに話しかけたにも関わらず、僕を伺うようにチラチラと見ている。
どうしたんだろう?
何か助け船でも出した方がいいんだろうか?

「実は・・・サイエンスの授業で星の観察をすることになったのですが・・・」

ああ、夜にしか観察できないから外出許可がほしいのかな?

一瞬そう思った。
でもNYの寒空にこの子を一人放置したくないなぁ。

「ルーフバルコニーを使えばいい。もしくは屋上、こっちは許可が必要だが。望遠鏡も必要であれば用意する。そもそもNYで肉眼で天体観測は不可能に近いしな」

頷いたギイが、何でもないことのように言った。
そうか。
別に外に行かなきゃ行けないわけでもないものね。星さえ見えれば問題なし。
それにここはかなり高い位置にあるから、ほかの建物が観察の邪魔になることもないだろう。

「はい・・・是非使わせていただきたいです・・・」

ん?
解決したというのに、ニコルの表情がどうも優れない。

「まだ、気になることがあるの?」

気が付いたら、つい口にしていた。
この家ではギイが家長だと僕は思っているから、こういったことは口出しするつもりは無かったんだけどな。

「あの、実は」

ニコルがすがるように、透明なメガネの向こうから僕を見る。
なんだろう、ギイには言いにくいことだったのかな。

「・・・今度の課題はペア研究なので・・・その、あと一人いるんです」

なるほど。
たしかにニコルだけなら、この家に住んでいるわけだから問題はない。だけどそこにまた無関係の人間が入るとなると・・・ギイはどう思うだろうか。

「却下だな」

やっぱり。
ニコルがびくと肩を揺らした。

ギイは別に大きな声を出したわけではないのだが、断固とした響きがあるためニコルが少し怯えている。
ただ、僕もギイもなまじ人に知られている存在なだけに、知らない存在をテリトリーに入れることに神経質になるのは当たり前の話だ。
きちんとした理由がある。

「観察は別に一緒でなくともできるだろう。その子には別の所で観察させて、たとえばリンカーンセンターとか、そしてその後で一緒に検証したらいい。学校で同じクラスなんだろう?」
「そうです」

ニコルが力なくうつむいた。
その様子は単に落胆していると言うよりも、どう説明したらよいものか逡巡しているようにも見えた。

「・・・どうしたの?」
「あ、タクミさん」

ニコルの澄んだ灰色の瞳が、すがるように僕を見つめる。
うーん、この子の目は、反則だなぁ・・・。

「あの、あの・・・」
「ん?」

僕は彼が話しやすいように少し目線を低くして、視線を合わせてみた。
ギイはなにも言わずにその様子を眺めている。

「そのお友達の方に、何か事情が?」
「っ、はい、あの・・・ギルバートは、あ、その友達なんですけど・・・望遠鏡とか無くて・・・」
「ん?そもそも観察自体できないのかな?」

この言い方だと購入できない事情でもあるのかもしれない。

「それなら学校の先生にその事情を話すべきだ。貸与でも、免除でも、なにかしら手があるだろう?」
「あ、もちろんギルはそうしたんですが。あの、実は、僕がついその、一緒にやろうと・・・・」

あー、そういうことか。

「ニコル、君は我が家が特殊な事情を抱えていると認識した上で、その友人にその申し出をしたのか?」
「違います!」

ギイの、いささか困惑を含む慎重な問いにニコルは慌てて首を振った。

「ちがうんです、あの。・・・それが僕たち生徒に知らされたのは、20日前のことで。両親が事故に遭遇する前だったんです。そのときはうちの家に泊まりで夜観察する約束をしていて」

ニコルの観察計画にはオプションの真夜中の流星群も含まれていたらしいから、泊まりで、数日の観察をする予定だったようだ。

「ギルにはもちろん事情は話しましたが。今更ペア交換も難しくて。その・・・もともと自分から言い出したこともあって、その・・・」

本来なら、ご両親が事故に遭った時点でなんとかするべきだったんだろうけど。
・・・ご両親の大けがに動揺して、しかも住環境にも大きな変化があったから、そこまで気が回らなかったんだろうな。
責任感の強そうなタイプだし。

「ギイ」

僕は眉間にしわを寄せているギイを見た。
本音を言えばギイだって、とやかく言いたくはないだろう。立場上、そして何より僕を守るために、渋っているに違いない。

「訪問だけならそこまでかまわないが、泊まりともなると・・・」

深く深くため息をつく。
こればっかりは僕もどうとも言えないな。両方の言い分が理解できるだけに。

「ニコル、明日の朝まで結論待てるか?」
「え?」
「明日の朝食の場で決めよう。今日はこの話は終わりだ」
「は、はい!」

頭ごなしに否定されると思っていたのか、考慮の余地があると聞いて若干ニコルは表情を明るくした。
ギイはどうするつもりなんだろう?



「ねえ、どうするの?」

背後から、首筋にキスを落とされる。

「ん?・・・さっきイったばかりなのに、余裕だな、託生」
「余裕じゃな、あっ・・・もっ・・・ギイ!」

突き上げられて、喘がされる。

「もう、話、してるの、に」
「ニコルの、ことか?」
「そ、だよ。分かってる、くせに・・・ん・・・ん・・・」
「後で、教えてやる。今は俺以外のことを考えるのは許さない」
「ば、か・・・」

後で寝物語に教えてもらった内容によると、一応そのギルバートなどの身元を夕食後の短時間でギイは調べさせたらしかった。
家族仲は良いものの家庭環境が複雑で、彼自身の自由になるお金は少ないこと。ましてや望遠鏡を購入したり、新たにそのために諸々出費するのは厳しそうなこと。
一方で成績はよく、素行も問題ないこと。交友関係、両親の職場、付き合い先まで洗ったようだ。
そのギルバート君にはここまで調査したことは申し訳ないけど、これはもう、僕たちの宿命とも言える。
ギイはどう思っているかは分からないけれど、僕自身は本来ならここまでしたくない。だけど特にギイはそもそも幼い頃からそういった文化、環境の中で育った人だ。このあたりは感覚に違いなどもあるだろう。
・・・おそらく、いや間違いなくギイが僕を日本まで追いかけてきてくれた時も、きっとそうだったんだろう。
どこまで調べ得たかは分からないが、Fグループの子供が単身海外へ滞在するのに、いろいろ調査されたことは想像に難くない。すくなくともギイの両親は僕についてある程度のことは把握していたんだろうな・・・。

「結局、受け入れることにするの?」
「ああ。おまえはその方がいいんだろう?」
「まあ、少なくともニコルのことを考えると、そうかな。あとは・・・ニコルもいつも3人で緊張しちゃっているところもあるし、友人がそばにいるのはいいことかもしれない」
「・・・おまえ、なんかニコルの母親みたいだな」
「はあ?何言ってんの。ちょっと、へんなこと言わないでよ!」

すごく変なことを言われた。
ニコルには、ニコルの母親がいる。家族がいる。父親の経験も、幼い兄弟がいたことさえない僕なんかが、及びもつかない。
ギイも、何を言ってるんだか。



二日後、僕は目の前の青年を見て、いやかなり見上げて一瞬、言葉に詰まった。
横目で隣を見ると、調査の写真で知っていただろうに改めて実物を前にして、ギイでさえも少しあっけにとられているようだ。

「はじめまして、ギルバート・マーシャルです」
「は、はじめまして」

それはニコルと初対面したときの驚きとは、正反対と言ってもよかった。
ニコルが連れてきたギルバートは、これが彼と果たして同い年なのか、同級生なのか?というほどの・・・なんというか、或る種成熟した堂々とした雰囲気をもつ青年だった。
ニコルからギイと僕それぞれの紹介を受けた彼は、幾分緊張しているようには見えるものの、まじめそうな堅い響きの低い声で挨拶した。
黒に近いダークブラウンの髪、学生らしく日に焼けた健康的な肌、鼻梁がすっきりと通った整った顔立ち。
背丈はすでにギイに近く、僕は見上げなければいけない。
黙って立っていれば、大学生と言っても通じるような雰囲気と体躯だが、むろん中学生らしい幼さはある。
その最たるものがよく動く好奇心旺盛な光を宿したヘーゼル色の瞳だろう。

「この度はご厚意に甘えてしまって、申し訳ありませんでした」
「いや、決めたのはこちらだ。君はなにも気にしなくていい、ギルバート。短い間ではあるが、自宅だと思ってくつろいでくれ」
「ありがとうございます、3日間お世話になります」

ギルバートは応えたギイに、そつなくにっこり笑ってうなずくと、僕の方を見て言った。

「あ、うん。よろしく。・・・僕もギイも夜遅いしもしかしたら外泊の時もあるかもしれないけど、望遠鏡とか必要なものの準備は整っているはずだから。アレルギーとかある?」
「いえ、とくには。なんでも食べます」
「ギルは何でも食べるって言うか。むしろ食べ過ぎだよね」

それまで口を挟まなかったニコルが横でくすくす笑う。

「いや、そんな・・・普通の14歳の量だと思いますけど」

視線を向けると、首を振りながらほんのり赤くなって否定する。

「いやいや。ランチに食パン一斤は食べ過ぎだよ」
「あのときはマラソンの後で腹減ってたんだよ」
「いつもだろ」

なんだかニコルが普段と違ってくだけた様子だ。
こちらの方が、いかにも14歳の少年という雰囲気で、きっと本来の姿なんだろうな。楽しそうだし、やっぱりギルバートに来てもらってよかった。
でもそんなに食べるなら、彼用にきちんとしたボリュームメニューを考える必要があるなぁ、と僕はぼんやり考えていた。





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大変おそくなりましたが・・・
皆様、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
おかげさまで無事に年を越せました。しかし年始から、年末のポカが明らかになり(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)その後始末に追われました・・・自業自得です。

新キャラ登場で、皆様の予想の斜め上を行ってしまったかもしれませんが(;'∀')、これはこれで楽しんでいただけたら嬉しいです。もちろんギイのジェラシーにさらに火をつける予定です!

さて、推定片恋Ⅱへの拍手、そしてこれまですべての作品に対しての沢山の拍手、本当にありがとうございました。
まとめての御礼になってしまい申し訳ありません。
これまで創作意欲を支えてくれたこのシステムが終了となってしまったのは残念ですが、今まで楽しかったので感謝感謝です。

またラッキーさま、まちさま、三平さま、かなさま、しのさま、rinさま、ちーさま、コメントありがとうございました。
今年もたくみ君メインでちびちび更新してまいりたいと思っています。
ジーンも早いとこ出して、ギイにやきもきさせたいです(笑)

非公開メッセージもありがとうございます!
(2017-12-05 21:49 イニシャル”K”の方)
いつもありがとうございます。そしていつも遅くてすみませんm(_ _)m
そうなんです、年末に新しいお話がスタートしておりました。
シリアスとコメディと、できればバランスよく書いていければと(今年も)願っております。
もちろんあちらの方も・・・あちらの方はちょっとスランプ気味で(汗)いえ、ストーリーはほぼ出来上がっているのですが、細かいところが書ききれておらず、申し訳ありません。
実は、DVDの方はきちんと拝見したことがないのですが、俳優さんがとても良いですよね。
実写版は実写版だけでキチンと世界が成り立っている感じがします。
別物として考えてよいのかもしれませんね。

(2017-12-30 21:01 イニシャル”G”の方)
こちらこそ、初めまして!mikeです。
オリキャラが多々出てきてしまうブログで申し訳ありません(;'∀')
しかしその中で気に入っていただけたキャラクターがありましたら、こんなにうれしいことはございません。
やっと今年最初の更新となりました。続きは・・・もしかしたら予想とはかなり違うかもしれませんが、相変わらずのギイのジェラシーを楽しんでいただけたら幸いです。(*´▽`*)

(2017-12-31 00:13 イニシャル”S”の方)
昨年は本当にお世話になりました。今年もお望み通り、ギイを沢山出していきたいと思います!もちろんたくみ君とセットで(笑)
今年もよろしくお願いします!