衝動のまま抱きしめて、カラダをまさぐっていく。
サミュエルという全くの別人に触れられたと思いこんだ託生は、丹念に体を洗ったのだろう。ボディソープがいつもよりも強く香る。

「託生、愛してる」

囁きながら愛撫を強めていくと、託生がかすかに身じろいだ。
快感に流されて、という感じではない。
どこか落ち着かないような仕草だ。

「託生?どうした?」
「・・・なんだか、いつものギイと、香りが違うから・・・ほ、他の人に、抱かれているみたいで」
「他の男にいじられているのに、こんなに感じるのか?」

すでに堅くなり始めた乳首を指で摘んで転がすと、託生が瞳を潤ませた。

「ギイ、イジワル。ギイだって分かってるから、だからこうなるのに・・・」
「本当に?・・・浮気は、許さないぞ」
「しないよ」

自ら招いた事態であるにも関わらず、俺はいったいどの口でこんな風に託生を責めるのか。

「お前が他の男に触られたり、抱かれそうになるのを想像するだけで、頭がおかしくなりそうだ。相手を殺して、お前も殺して、俺も死にたくなる」
「そんなこと、ないから」

責められるべきは自分だ。
託生の許しがなければ、こんな風に抱きしめることさえかなわない。それでももっとほしい、もっと甘やかしてほしい。自分しかいらないと、他の人間など必要ないと、言ってほしい。

「ああ。絶対だぞ・・・」

わざと匂いを思い知らせるように、体を密着させて、託生にキスをする。
いつもより感じているように思うのは、本当に気のせいなのだろうか。
”他の男”に抱かれているような錯覚が、託生をより敏感にさせているのではないのか。

サミュエルというもう一人の自分に対する嫉妬と、崎義一という自分自身に対する奇妙な優越感が交錯した。
いったい、今夜の自分は誰なのか。何者なのか。
託生は誰に抱かれているつもりなのか。

だが、誰であったとしても、腕の中の愛しい存在を、思う存分抱いて、自分のモノにするだけだ。
それしかない。
それしか、安心できる方法が、ない。






「風邪を引かれてたんですか?ちっとも気がつきませんでした」
「島岡・・・」

翌日のオフィス。
案件を伝えにきた島岡が、俺の方を不思議そうに見ている。
特に風邪をひいているような咳もくしゃみもしていないのに、いったい何を言っているんだ?

「昨日のパーティ。マスクされてましたよね」
「あ・・・あれは、大丈夫だ。ちょっと喉が痛かっただけだから」

そういえば、島岡も別件であそこにいたのだった。正確には崎家のビジネスではなく、彼自身の家のビジネスのために。
昨日は一言も言葉を交わしていない。
会場から去るときに目撃されたんだろう。

「そうですか。あの後託生さんをお見かけしたんです」

託生は俺の後に会場を出たはずだ。
あんなひどい出来事の後で、託生はいったい、どんな顔をしていたのだろう。

「・・・話したのか?」
「いえ」

島岡が俺を見る。まるで探るようだと思うのは、自分の被害妄想なのか。
意味ありげな視線に居心地がさらに悪くなる。

「とても話しかけられるような状態ではありませんでした」
「・・・どういうことだ」
「いえ、表面上はいつも通りでしたけど。・・・雰囲気が。ずいぶん、なんというか、元気がないと言うか・・・お送りした方がいいかと思ったのですが、追いつく間もなく早々ににタクシーで去って行かれました。あんな風に思い詰めた様子は、ちょっと最近見ないものですから。さすがに気になりましたけれど」
「・・・思い詰めた・・・・・・」

マスクをした俺が出てきた後、思い詰めた様子の託生が出てきたので、勘の鋭い島岡は何かを勘付いたのかもしれない。
島岡を見ると、じっとこちらを見ている。
俺たちは一瞬視線を交わしたが、俺はすぐに逸らせてデスクのノートPCに視線を戻した。

「そうか。だが、大丈夫だ。昨夜から朝まで一緒だったが、元気だ」

半分以上、嘘だ。
託生は、元気じゃ、なかった。
もう少し俺が帰るのが遅かったら、もしかしたら家を出てしまっていたかも知れない。
また俺たちは離ればなれになったかもしれない。

「そうですか。ならば良いのですが」

視線を上げたときには、島岡はきびすを返していた。
ドアに向かって足音もなく歩いていく。

「会議は14時スタートです。30分で決めますから遅刻は厳禁ですよ」
「分かってる」

ドアの前でこちらを振り返る。

「そうだ。来週のカーネギー、伺うことにしたんです」
「・・・え、お前、いつの間にチケット」

言わずと知れた託生のコンサートだ。それ以外の目的ではありえないだろう。
チケットは入手困難のはずだ。

「ちゃんと自力で取りましたよ。・・・ああ、あなたは行けないんでしたっけ」

託生の伝手を頼ったわけではないことを暗に示しつつの、その島岡の台詞がずいぶんわざとらしく聞こえるのは気のせいではあるまい。
この男は、先日俺の代わりに託生のコンサートに代理出席してから、そのままの流れでうまく直通の連絡先を入手してしまい、それ以来いち早く託生から講演情報をもらったりしているようなのだ。
もちろんそれだけだ。それ以上の情報のやりとりなどはないはずだ。そのはず・・・。
それを妨げる権利は残念ながら自分にはない。
現在のところ二人の間には特に怪しむようなことは何もなく、妨害しようにもその理由さえ存在しない。

本当はそんな風に連絡を取ったりして欲しくない、というのが本音ではあるが、託生にはもちろん託生の交友関係があるわけだし。
だが、その相手が、この・・・無言で立っているだけで人をたらす男とあっては、心中も穏やかではない。

ぐっと言葉に詰まる。

「楽屋にお邪魔してこようと思います」
「おい、公演後は疲れてるから」
「託生さんがそうおっしゃれば、もちろん遠慮します」

暗に、お前の判断は聞いてないと返される。

「おい」
「おっと、あと10分ですね」

抗議を仕掛けたところ、父親のデキる秘書はわざとらしく腕時計に目をやってから退出していった。
そんな島岡への反撃が遅れたのは、決して彼の行動が流れるように華麗で素早かったからだけではない。

「はあ・・・」

島岡から新たに突きつけられた、あの日の、自分が立ち去った後の託生の様子。
元気がなくて、思い詰めた様子だったと。

あの日の自分はどうかしていた。
あえて言うならば、嫉妬という強力な負の感情に引きずられて馬鹿なことをやらかしたというのが一番しっくりくる。

「だがコントロールなんて、できないさ」

託生を愛している。この胸は、託生への独占欲でいっぱいだ。
できた人間なんかじゃない。ただ、託生の愛を独り占めしたいんだ。
これからも、きっとあんな思いをするだろう。託生にもあんな思いをさせるだろう。
だがそれを自分も託生も分かった上で、供にいる。

「引き離せるもんか」

とんでもない失態だったが、一つだけ収穫があったはずだ。
もし現実にサミュエルのような人間が、今度こそ出現したときには、託生はもう自分から逃げようとはしないはずだ。

逃がすものか。
どんな地獄が待っていようとも、託生は手放さない。
どこまでも一緒だ。


たとえ地獄の果てまででも。






----------------------------------------------------------------------
終わりました~。
なんだか不穏な感じで始まったお話でしたが、最後は・・・ハッピーエンドで、楽しんでいただけていたらうれしいです。
まさかの島岡さん登場でしたら、時系列的にも、”恋情と忠誠と・・・”の後ですので、このような形で参戦(?)されております。
大変お待たせいたしました。近況の方はあちらの方にチラッと・・・よろしければご高覧ください。

デッサン7への拍手ありがとうございました。
(2/13 00:40 にくださった方)
ありがとうございます!
相変わらずのたくみ君んと嫉妬でギリギリしておりますギイですが、楽しんでいただけてうれしいです!(うちのブログに多いギイタクですね(*´з`))

また、ラッキーさま、しのさま、三平さま、しのさま、まちさま、rinさま、たんちゃんさま、柚乃さま、千夏さま、コメントありがとうございました。
すみません、一か月もお待たせしてしまいました~!
デッサンのギイが嫉妬に燃えたまま1か月・・・そして更新は別の話・・・すみません。
この調子で、他のもきちんと終了できたらと思います。

非公開メッセージもありがとうございます!
(2/13 17:48 イニシャル"t"の方)
初めまして!mikeともうします~。
私もはまった頃がそれぐらいの時期でした!リアルタイムで読んでおりましたよー!!
最終巻が出る頃にはもちろん成人しておりまして、そのころにあのタクミくんシリーズが終わる!?という衝撃からうっかりまた手を出してしまい、その終わり方に倒れそうになり(笑)→ブログ立ち上げという経緯を辿りました。

(2/22 13:05 イニシャル"A"の方)
お気遣いすみません。本当にお知らせいただいて助かりました!!